第六話『骨まで愛した女』
音楽。明かりが入ると、盛装した女が椅子に掛けている。
テーブルにはシャンパンのグラスが二つ。
ほら・・・この曲、覚えてる?・・・あの夜流れてた・・・そうあの曲よ・・・
あの夜・・・貴方はまっすぐ私の目を見て・・・今夜のように・・・
それから、貴方は私の手を取り・・・パーティーを抜け出した・・・
二匹の猫のように・・・密やかに・・・ドキドキしたわ・・・
走ったわね、私苦しくて心臓が飛び出すかと思った・・・
・・・貴方は輝くように笑って・・・本当に強引に・・・
車を拾って、真夜中の街を突っ走って・・・この部屋に
・・・まるで映画のワンシーンみたいだったわ・・・
私達は子供みたいにはしゃいで・・・シャワーを浴びながらのキス・・・
・・・そして・・・シーツの波を泳いで・・・
ワインの瓶、何本床に転がったかしら・・・ふふふ
次の日の朝・・・頭が割れそうに痛くて・・・ふたりともコーヒーとにらめっこ
今、思い出しても可笑しいわ・・・あの朝の貴方の顔(笑う)・・・
私・・・二日酔いって初めてだったの・・・夫がよく辛い辛いって言ってたけど
あんなに辛いとは知らなかった・・・そうと知っていたら、もっと優しくしてあげたのに
あら・・・妬いてるの・・・(笑いながら)可笑しい、死んだ人間にヤキモチ妬くなんて
・・・あの日からシャンパンの泡のような二人の日々が始まったんだわ・・・
ワタシハ、アナタニ、ナニモカモ、アゲテシマッタ・・・
ね、こんな歌なかった?
(歌う)~“アコーディオンの流れに誘われいつのまにか”~
ハハハ・・・恋の歌ってみんな同じね・・・恋する者は・・・愚かで・・・間抜けで・・・可愛くて
私も???・・・そうね・・・貴方さえ居れば、他は、何も要らなくなってしまったんだもの
・・・貴方の目、貴方の声、貴方の匂い・・・あぁ、私、夢中だった・・・
男の方にあんな気持ち、初めて・・・
貴方に逢う前の私はお人形だった・・・貴方が私を血の通った人間にしてくれた
貴方が教えてくれたのよ・・・愛する歓び、愛する苦しみ、愛する・・・ザ・ン・コ・ク・さ・・・
愛の前にはすべては無力・・・
(冷ややかに)そうよ、貴方との愛を成就するためには、あの人は邪魔だったわ・・・
(ニッコリと)夫は死んで当然だった・・・私は上手に、とても上手に嘆き悲しむ未亡人の役を
演じ切ったわ・・・アカデミー賞もんだって、貴方は褒めてくれた・・・嬉しかった!!!
だって、貴方が喜んでくれることほど嬉しいこと、私にはないんですもの・・・
・・・半年・・・長い長い半年・・・十年にも感じた半年が過ぎて、私の新しい人生が始まった
(物音を聞きつけて)誰?誰なの、そこにいるのは・・・(聞き耳を立てる)
・・・風ね・・・寒いわ・・・ぞくぞくする・・・
それから三年、眩いばかりの私達の三年・・・毎日が夢のように・・・ユメのよう・・・
(突然)私がこんなに!こんなに愛しているのに!・・・何が不満だっていうの・・・
私のどこがいけないの!!!
(泣き出す)あんなに愛し合ってたのに、お前が一番って、お前以外は女じゃないって
言ったじゃない・・・そう囁いて、毎晩のように、私を抱いたじゃないの・・・
(自分の身体を抱きながら、泣く)
・・・貴方を他の女に渡したりはしない・・・
(何事もなかったように)ごめんなさい、私ったら・・・女のヒステリーは嫌いだって、
いつも言ってたわね・・・
・・・へへへ(と、笑って)一人、殺すも、二人、殺すも、一緒だもの・・・
今日は夫の時より平気だったわ・・・変ね、こんなに愛しているのに・・・
夫の時は何か申し訳なくって・・・いい人だったから・・・(笑い出す)ホント、可笑しいわね・・・
さぁ、乾杯しましょう、貴方と私の新しい旅立ちのために・・・
シャンパンに薬を入れ・・・
『思い出のサントロペ』訳詞・二宮真知子
この夏は サントロペには参りません お借りした あの家には参りません
この夏は サントロペには参りません 他のどなたかに どうぞ貸してください
貴方の家は とても美しく
海の夜風が いつでも吹いて来ました
この夏は サントロペには参りません とても楽しみに 仕度も済んだのに
この夏は サントロペには参りません 望みをなくし 彼も今はいません
貴方の家は とても美しく
幸せに満ちた 去年の夏でした
この夏は サントロペには参りません 私も彼も 二度と行けません
やがて誰かが 私を捕らえます いとしいあの人を 今 殺しました
モン シェリー マダム
この夏は サントロペには参りません
今年も これからも…
シャンパンを飲み干す・・・
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