第三話『手紙を書く女』
・・・アラッ、アラララ・・・何処行っちゃったのかしら、ヤダわ・・・おかしいわねぇ・・・
あっ、ふふふっ・・・ヤダわ・・・ここだった、いやねぇ、ホント(額のメガネをかける)
エエッと(便箋を手に取り)・・・拝啓・・・貴方の好きな季節が巡ってきました。
街はすっかり秋めいて、落ち着いた雰囲気が辺りを支配しております。
・・・そうそう、今年もウチの庭のバラがきれいに咲きましたよ。
・・・紅茶のような良い香りが、こうして手紙を書いている今も漂って参ります。
お変わりありませんか。こちらは、ここ二・三日肌寒い日が続き、慌ててセーターを
引っ張り出しました。「風邪をひいたらどうする!!!」貴方の叱る声が聞こえてきそう・・・。
でも、貴方こそどうですの、風邪などひいてはおりませんの?
ご自分の事には無頓着なお方だから心配です。
そうそう、風邪といえば、お隣の奥さんが風邪をひいたようで、夕べ一晩中咳き込む声が
聞こえてました。・・・ヒトノコエッテ、コンナニ・・・キコエルモノダッタノデスネ・・・
秋のせいかしら、夜がとても静かに感じられます・・・。
そう、貴方にお知らせすることがあるの・・・。お向いのまぁくん、覚えているでしょう、
今度、外国の大学に行くそうなの。そのせいです、夏の間中、お友達が大勢見えていたようで、
音楽やら、話し声やら・・・それはそれは賑やかでしたから。
若い人の活気に満ちた声って本当にいいわね、こちらまで若返った気持ちになりました。
でも、あんなにやんちゃ坊主だったあの子が・・・もう大学生だなんて、驚いてしまいます・・・。
(可笑しそうに)私も年をとるはず・・・。
昔、一度だけあちらのお宅と一緒にキャンプをしたことがありましたね。あの子が、
確か七つくらいで、・・・みんなでバーベキューをして・・・楽しく過ごしましたね・・・
あれは夏の初めだったわ、貴方は彼に釣りを教えてあげた・・・ふふっ、あれから彼は
釣りに夢中、いつも釣竿を離さず持ち歩いてた・・・その子がもう大学生・・・。
・・・そう言えば、先日、まぁくんが綺麗なお嬢さんと腕を組んで街を歩いているところを
見かけました。恋人なのね、きっと。・・・でも、まぁくんが外国に行ったら、あの二人は
離れ離れになってしまうのね・・・可哀想・・・。
貴方には申し訳ないのですが、秋は切ない季節です・・・、夏がきらびやかな分、
余計にそんなことを思ってしまいました。
そうそう、貴方のセーターを編み始めました。それは素敵な色の毛糸なの、貴方の好きな
モスグリーンよ。見つけた時、ちょっと震えたわ・・・心の中で叫んでた「これよこれって」
がんばって、手の込んだ編みこみ模様にしますね。楽しみにしていて下さいね。
直に冬が来ます・・・。本当に、どうして時の経つのはこんなに早いのでしょう・・・。
くれぐれもお身体を大事になさって下さい。
私は、いつも、貴方のことを心配しています。愛をこめて・・・。
手紙を封筒に入れ封印する。そして、箱を取り出し蓋を開ける。
と、箱から出されることのなかった何通もの手紙が・・・。
『いつ帰ってくるの』訳詞・水木陽子
何日も何日も 貴方が行ってから経ってしまった
悲しくても これが最後の旅なんだと言い残して
春になれば帰ってくるよ 春こそは恋の季節
花の街を二人で出掛けよう パリの街を二人で歩こう
* ねえ いつ帰るの
ねえ わかってるでしょう
もう 戻せないわ 過ぎてゆく時は
ねえ いつ帰るの
今日も終わるわ
枯葉が舞い 薪が燃える もうすでに秋の終わり
パリを見るのは今がいいのよ ひとり待ちあぐみ夢を見るの
わくわくしうなだれて 顔をあげて外を見ては
貴方の姿をいつも探すの そして毎日暮れてしまうわ
*繰り返し
あなただけを愛していた いつまでも愛していたいの
でも 帰ってきてくれないのなら 思い出にするわ 二人のことは
別の太陽を見つけるわ 冷えた身体を温めるの
男の為に死ぬなんて「まっぴらよ」この私は
*繰り返し
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