第一話『旅立ちを願う女』
雨の音…電話の呼び出し音
・・・ハイッ、あぁ・・・今、何処?・・・あら、まだ・・・ええ、あたしはもう(旅行カバンを持ち)・・・
もういつでもオーケーよ。
(椅子に座りながら)あのね、ガイドブック買ったの・・・そうよ、だって、貴方と旅行なんて、
初めてですもの、もう嬉しくって夕べは眠れなくて、明るくなるまでガイドブック見ちゃった・・・
ふふふ・・・大丈夫!あたしは貴方よりタフなんだから・・・それより・・・どうだった・・・何がって
・・・奥さん・・・解ってくれたの?・・・もしもし・・・話してくれたのよね・・・ネッ、どうだったの?・・・
まさか・・・そう、でも・・・約束したじゃない、今度こそ奥さんに話すって、きっぱり別れるって・・・
えっ?・・・貴方が言った事じゃない、じゃ、今日の旅行、どうするの?・・・これから?・・・
奥さんウンって言わなかったらどうするの?・・・とにかく待っててって、いやよ、こんな・・・
貴方、ホントにあたしを愛しているの・・・愛しているなら愛しているようにして・・・
してるじゃないかって・・・してないじゃない!!!・・・ネ、あたしはもう三十二よ。もう待てないの、わかる?
・・・とにかく、すぐ話して・・・無理って、だって愛してないんでしょ?一緒に居るのが苦痛なんでしょ?
嘘なの?・・・そうでしょ・・・だったら・・・汽車が出るまで、あと、五時間・・・あたしは一人でも行くわよ
・・・貴方が来なかったら・・・別れましょ・・・本気よ・・・(受話器を置く)
女、電話を見つめる。歩き回る。煙草に火をつけようとすると、電話が鳴る。
本気だからね、いいわね・・・アラ、あなたなの・・・ごめんなさい・・・えっ、いやね、そうじゃないわよ、
あれとはね、別れたわよ・・・ホントよ・・・あんな優柔不断男・・・えっ、いやね、
電話なんか待っているわけないでしょ、母からだと思ったのよ、さっきまで電話でしゃべってたから
・・・ホントに・・・五年よ、ズルズル付き合って・・・長かったわ・・・もう、すっぱり・・・会わないわよ、
二度と・・・えっ・・・会ったの、あいつと・・・あの店で・・・ホントに?・・・奥さんも一緒に・・・
・・・そう・・・へぇー、嬉しそうに・・・あの男らしいわ・・・ハハハ・・・馬鹿みたいよね・・・
エッ、大丈夫よ、だから、別れたんだって・・・大丈夫、大丈夫・・・子供?・・・子供って何・・・
オクサン・・・コドモデキタノ・・・ソウ・・・エッ、大丈夫、大丈夫・・・良かったじゃない、あいつ、
子供欲しがってたから・・・そうでしょ、ニコニコしてたでしょ・・・へぇー、そうなんだ・・・へぇー
・・・あっ、ごめん、お湯、かけっぱなしだった・・・ウン、ごめんね、またね・・・
電話を切り、茫然と・・・
コドモ・・・どういうこと・・・コドモ・・・(ハッとして歩き回り)・・・どういうこと・・・どういうこと・・・
(電話、急いで受話器を取る)・・・ハイ、もしもし・・・あぁ、エッ、どうしたの・・・大丈夫だったら
・・・だから言ったでしょ、もう別れたんだって・・・エッ、変?あたしが?そんなことないわよ
歌う。・・・明日、月の上で…ららら、らんらん・・・途中で歌えなくなり
・・・ありがとう・・・ううん、嬉しいわ・・・ホントヨ、とってもウ・レ・シ・イ・・・持つべきものは、友よね
・・・ね、さっきの話し、子供のこと・・・あれ、ホント?・・・そう・・・エッ、うん、彼あたしにはね、
子供大嫌いだって・・・(ぼんやりと)あたしは欲しかったのに・・・あっ、ハイハイ、うん、オォー
いいね、いいね、飲もうか・・・そうよ・・・うん、もうべろべろに酔っ払って、街じゅう歌い歩いてやる、
朝まで・・・えっ・・・逮捕される?警察が怖くて女をやってられるかっての!!!・・・ハハハ、そうよ、
女も三十過ぎると、もう、怖いものなしよ・・・うん、やろう、飲み会。よし、久しぶりに騒ぐぞ・・・
エッ、今晩・・・(旅行カバンを見て)ちょっと待って・・・あのね・・・まだ分からないんだけど・・・
約束が一つあるのね・・・ゴメン・・・明日?(もう一度カバンを見て)・・・ゴメン、あたしから電話するわ
・・・うん、絶対に電話するから・・・もちろんよ・・・じゃあね、ホントにありがとう・・・(受話器を置く)
女、再度旅行カバンを見る。スカーフで電話を拭きだす。テーブルを拭く、椅子を拭く。
電話が鳴る。女、ビクッとして電話を見る。受話器をとらずに奥へ入る。
コートと帽子を身に付け出てくる。電話を見る。呼び出し音が切れる。
『リヨン駅』 訳詞・矢田部道一
今日もまた パリは雨ね この雨には泣かされるわ
今日限りで パリの街も しばらくはお別れよ
ふりそそぐ太陽に 身を焦がしに出掛けるの
大好きなイタリアへ カプリ島やベニスへ
* タクシー リオン駅まで行って
お願い 急いで欲しいの
カプリ行きの汽車に乗るの
リオン駅まで 急いでね
美しく歌われる あのカプリ島を見に行くの
目もくらむ海の青さ 吸い込まれる空の青さ
パリの秋は大好きよ でも夏ならカプリだわ
明日はもうイタリアで 肌を焼いて寝ているわ
夕暮れはゴンドラで 舟歌を歌うのよ
バルコニーから若者が この私に歌うでしょう
* 繰り返し
ため息の橋の下で 愛の歌を聴きたいの
長くないこの旅を 思い切って楽しむわ
タクシー 急いで リオン駅まで
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